経営の世界には、永遠に解を見出すことが困難な命題がいくつか存在します。
その中でも特に、グループ経営における「個と全体」の関係性ほど、多くの経営者を悩ませ続けてきた課題はないでしょう。
私は30年以上にわたり、大手商社での実務経験とコンサルタントとしての経験を通じて、日本企業特有のグループ経営の課題と向き合ってきました。
その過程で見えてきたのは、日本企業における「両立経営」の可能性です。
本稿では、個社の独自性を活かしながら、グループ全体の最適化を実現するための新たな視座を提示したいと思います。
目次
グループブランド戦略の本質と課題
グループ経営における個社ブランドの位置づけ再考
グループ経営において、個社のブランドをどのように位置づけるかは、極めて重要な経営判断となります。
私が三友商事で経営企画部に在籍していた1990年代初頭、日本企業の多くは「グループ一体経営」という旗印の下、個社のブランドを本社ブランドに統一する傾向が強かったことを記憶しています。
しかし、この画一的なアプローチは、個社が持つ独自の強みや市場での競争優位性を失わせる結果となることが少なくありませんでした。
現代のグループ経営においては、個社ブランドの持つ固有の価値を正確に評価し、それをグループ全体の価値向上にどのように結びつけていくかという、より戦略的な思考が求められています。
日本企業特有の企業文化とブランド戦略の関係性
日本企業のグループ経営を考える上で避けて通れないのが、企業文化の問題です。
終身雇用を前提とした人材育成、稟議制度に代表される合議制の意思決定、そして「和を以て貴しとなす」という協調性重視の組織風土。
これらの特徴は、ブランド戦略の展開にも大きな影響を与えています。
例えば、私がコンサルタントとして関わった製造業A社のケースでは、長年培われてきた技術者集団としての誇りと文化が、グループ統一ブランドへの移行を困難にしていました。
このような場合、欧米型の強権的なブランド統合ではなく、個社の文化や価値観を尊重しながら、緩やかな統合を目指すアプローチが有効となります。
グローバル競争下におけるグループブランド戦略の重要性
グローバル化が加速する現代において、グループブランド戦略の重要性は一層高まっています。
世界市場で戦うためには、個社の強みを活かしながら、グループとしての一貫したブランドメッセージを発信する必要があります。
特に注目すべきは、以下の3つの要素です:
- グローバル市場における認知度と信頼性の構築
- 各地域の市場特性に応じた柔軟なブランド展開
- デジタル時代に対応した統合的なブランドコミュニケーション
私の経験では、これらの要素を効果的にバランスさせることが、グローバル競争下での成功の鍵となっています。
グループブランド戦略は、単なるロゴやスローガンの統一ではありません。
それは、グループ全体の価値創造の方向性を示し、各社の成長戦略を導く羅針盤としての役割を担うものです。
次のセクションでは、個社の独自性を活かすための具体的なマネジメント手法について、実践的な事例を交えながら解説していきます。
個社の独自性を活かすマネジメント手法
事例研究:独自性維持に成功した日本企業グループの施策
私が経営コンサルタントとして15年以上関わってきた日本企業の中で、特に印象的な成功事例をご紹介したいと思います。
例えば、ユニマットグループの高橋洋二氏が実践してきた「ゆとりとやすらぎを提供する」という理念のもと、個社の独自性を活かしながらグループ全体の価値を高めてきた事例は、多くの示唆に富んでいます。
電機メーカーB社グループは、2010年代初頭に直面した経営危機を…(以下、既存の文章が続く)
同社の成功の核心は、以下の3つの施策にありました。
第一に、各事業会社の強みを徹底的に分析し、独自のブランド価値を定量的に評価する仕組みを構築しました。
第二に、グループ内での重複事業を整理する際、単純な統合ではなく、各社の技術的特徴や顧客基盤を活かした「すみ分け戦略」を採用しました。
第三に、独自性の高い事業に対しては、積極的な投資と権限委譲を行い、迅速な意思決定を可能にしました。
この事例が示唆するのは、個社の独自性を「守る」のではなく、積極的に「活かす」という発想の重要性です。
個社のブランド価値を最大化するガバナンス体制
個社のブランド価値を最大化するためには、適切なガバナンス体制の構築が不可欠です。
私が三友商事時代に経験した組織改革では、以下のような重層的なガバナンス構造が効果的でした。
レベル | 役割 | 具体的な施策 |
---|---|---|
持株会社 | 全体戦略の策定と監督 | ブランド価値評価指標の設定 |
中間持株会社 | セグメント別の調整 | 事業領域ごとの連携促進 |
事業会社 | 独自の価値創造 | 市場に応じた柔軟な展開 |
このような体制において重要なのは、各層の役割と責任を明確にしつつ、相互のコミュニケーションを活性化させることです。
特に注目すべきは、中間持株会社の役割です。
私の経験では、この層が適切に機能することで、グループ全体の方針と個社の独自性のバランスを取ることが可能になります。
持株会社による効果的な権限委譲と監督の仕組み
持株会社制度の本質的な価値は、「統制」と「自律」の最適なバランスを実現できる点にあります。
しかし、このバランスを実務レベルで確立することは、想像以上に困難な課題です。
私が木村マネジメント研究所で支援してきた多くの企業グループでは、以下のような段階的なアプローチが有効でした。
まず、権限委譲の範囲を明確に定義します。
これは、財務指標だけでなく、ブランド価値への影響度という観点から設定することが重要です。
次に、委譲された権限の行使状況をモニタリングする仕組みを構築します。
ここでのポイントは、単なるチェック機能ではなく、個社の創意工夫を促進する「建設的な監督」を実現することです。
最後に、定期的なレビューと調整の機会を設けます。
四半期ごとのブランド戦略会議や、年次の価値創造計画の見直しなど、PDCAサイクルを確実に回す仕組みが必要です。
私が特に強調したいのは、この仕組みが「管理」のためではなく、「価値創造」のためのものだという点です。
持株会社は、個社の独自性を活かしながら、グループ全体としての価値を最大化するためのプラットフォームとして機能すべきなのです。
次のセクションでは、これらの個社の独自性を保ちながら、いかにして全体最適を実現していくのか、その具体的なアプローチについて解説していきます。
全体最適を実現するための具体的アプローチ
グループシナジーを引き出すブランドポートフォリオの設計
グループ全体の価値最大化を目指す上で、最も重要な要素の一つが、戦略的なブランドポートフォリオの設計です。
私が三友商事の広報部長時代に手掛けた改革では、まず既存のブランドポートフォリオを以下の4つの象限で整理することから始めました。
市場での認知度 | 収益性 | 戦略的位置づけ | 推奨されるアプローチ |
---|---|---|---|
高い | 高い | 基幹ブランド | 積極的な投資と展開 |
高い | 低い | 再構築ブランド | 収益モデルの見直し |
低い | 高い | 育成ブランド | 重点的なプロモーション |
低い | 低い | 検討ブランド | 統廃合を含めた検討 |
このフレームワークの特徴は、単純な財務指標だけでなく、市場での存在感と将来性を加味している点にあります。
例えば、ある事業会社のブランドは収益性では課題があったものの、特定の顧客層での圧倒的な支持を獲得していました。
このケースでは、むしろその独自のポジショニングを活かし、グループ全体のブランドポートフォリオを補完する存在として再定義することで、新たな価値を創出することができました。
コーポレートブランドと個社ブランドの階層構造の確立
グループブランド戦略を成功に導く上で、もう一つ重要なのが、ブランドの階層構造の明確化です。
私がコンサルタントとして関わった化学メーカーC社グループでは、以下のような3層構造を採用し、大きな成果を上げています。
┌─────────────────────────┐
│ コーポレートブランド │ グループ全体の信頼性・安定性
└──────────┬──────────────┘
│
┌──────────┴──────────────┐
│ 事業分野ブランド │ 専門性・技術力の表現
└──────────┬──────────────┘
│
┌──────────┴──────────────┐
│ 製品・サービスブランド │ 顧客接点での独自価値
└─────────────────────────┘
この構造の要諦は、各層の役割を明確に定義しつつ、層間の相乗効果を最大化することにあります。
特に注目すべきは、中間層である事業分野ブランドの活用方法です。
この層が適切に機能することで、個社の専門性とグループの総合力を効果的に結びつけることが可能となります。
グループ全体での一貫したブランドメッセージの展開方法
全体最適を実現する上で、最も難しい課題の一つが、ブランドメッセージの一貫性維持です。
私が実践してきた手法は、「核となるメッセージ」と「展開の自由度」を明確に区分するアプローチです。
具体的には、以下のような階層的なメッセージ構造を構築します。
- コアメッセージ(変更不可)
- グループの存在意義
- 基本的な価値観
- 長期的なビジョン
- アダプティブメッセージ(状況に応じて調整可)
- 地域特性への対応
- 事業特性の反映
- 時代に応じた表現方法
このような構造化により、メッセージの一貫性を保ちながら、各社の独自性を活かした展開が可能となります。
例えば、私が関わった自動車部品メーカーD社グループでは、「技術を通じた社会貢献」というコアメッセージを維持しながら、各事業会社が自社の特徴を活かした独自の表現方法を採用することで、効果的なブランドコミュニケーションを実現しています。
また、特に重要なのが、これらのメッセージを社内に浸透させるプロセスです。
私の経験では、以下のような段階的なアプローチが効果的です。
- 経営層による明確なコミットメント
- 中間管理職への丁寧な説明と対話
- 現場レベルでの具体的な実践方法の提示
- 定期的なフィードバックと改善のサイクル確立
このように、メッセージの展開を単なる伝達ではなく、組織の変革プロセスとして捉えることが重要です。
次のセクションでは、これらの戦略を実際の組織で展開していく際の、より実践的なプロセスについて解説していきます。
実践的な両立戦略の展開プロセス
経営理念の共有と個社文化の尊重:バランスの取り方
グループ経営において最も繊細な課題の一つが、統一的な経営理念の浸透と個社文化の尊重のバランスです。
私が木村マネジメント研究所で支援してきた多くの企業グループでは、この課題に対して「重層的な価値体系」というアプローチを採用し、成果を上げています。
具体的には、以下のような階層構造を設計します。
【グループ共通の価値】
┌────────────────┐
│ 存在意義 │ Mission
├────────────────┤
│ 価値観 │ Values
├────────────────┤
│ 行動規範 │ Principles
└────────┬───────┘
↓
【個社固有の解釈と実践】
┌────────────────┐
│ 独自の強み │
├────────────────┤
│ 固有の文化 │
├────────────────┤
│ 特有の手法 │
└────────────────┘
このアプローチの核心は、グループ共通の価値観を「大きな傘」として位置づけ、その下で各社が自らの文化や特徴を活かした解釈と実践を行えるようにすることです。
例えば、精密機器メーカーE社グループでは、「技術を通じた社会貢献」というグループ共通の理念に基づきながら、各事業会社がそれぞれの技術領域や顧客基盤に応じた独自の解釈と実践方法を展開しています。
ステークホルダーとの効果的なコミュニケーション戦略
両立戦略を成功に導く上で、もう一つ重要な要素が、ステークホルダーとの戦略的なコミュニケーションです。
私が三友商事の広報部長時代に確立した統合的コミュニケーションフレームワークを、以下にご紹介します。
ステークホルダー | 主要な関心事 | コミュニケーション方針 | 具体的な施策 |
---|---|---|---|
投資家・株主 | 全体戦略とシナジー | 定量的な価値創造プロセスの説明 | 統合報告書、IR説明会 |
顧客・取引先 | 個別の商品・サービス | 各社の専門性と総合力の提示 | 事業別説明会、技術展示会 |
従業員・組合 | 企業文化・雇用 | 一体感と独自性の両立 | 社内報、合同研修 |
地域社会 | 社会的責任 | 地域に根ざした活動 | 各社独自のCSR活動 |
このフレームワークの特徴は、各ステークホルダーの視点に立って、グループとしての一貫性と個社の独自性をバランスよく伝えることにあります。
特に重要なのが、メッセージの一貫性と発信方法の多様性の両立です。
例えば、同じ商品・サービスについて説明する場合でも、投資家向けにはグループ全体の戦略における位置づけを強調し、顧客向けには個社の専門性や独自の価値提案を前面に出すといった工夫が効果的です。
危機管理視点から見たグループブランド戦略のリスクと対応
両立戦略を展開する上で、避けては通れないのが危機管理の視点です。
私の30年以上の実務経験から、特に注意すべきリスクシナリオとして以下が挙げられます。
- 個社の不祥事によるグループ全体への影響
- 対応策:危機管理体制の階層的整備
- 実践例:初動対応の権限委譲と報告基準の明確化
- グループ統合による従業員モチベーションの低下
- 対応策:段階的な統合プロセスの設計
- 実践例:シンボリックな成功事例の創出と共有
- ブランドの統廃合に伴う顧客離反
- 対応策:顧客との丁寧なコミュニケーション計画
- 実践例:移行期間の設定と段階的な変更
これらのリスクに対しては、予防的なアプローチと事後対応の両面から、具体的な施策を準備しておくことが重要です。
私が特に強調したいのは、危機対応においても「個と全体の両立」という視点を忘れてはならないということです。
例えば、個社での問題発生時には、その会社の経営陣による責任ある対応を基本としながら、グループとしての支援体制を明確に示すことで、自律性と一体性のバランスを保つことができます。
このように、危機管理においても、個社の独自性を活かしつつ、グループとしての一貫した対応を実現することが、長期的な信頼構築につながるのです。
次のセクションでは、これまでの議論を踏まえた上で、グループブランド戦略の未来展望について考察していきます。
グループブランド戦略の未来展望
デジタル時代における新たなブランド戦略の方向性
デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展は、グループブランド戦略にも大きな変革を迫っています。
私が最近支援している企業グループでは、以下のようなデジタル時代特有の課題が顕在化しています。
【デジタル時代の主要課題】
┌────────────────────────────┐
│ コミュニケーションの即時性 │
├────────────────────────────┤
│ データ駆動型の意思決定 │
├────────────────────────────┤
│ オムニチャネルの統合 │
├────────────────────────────┤
│ デジタル人材の育成・確保 │
└────────────────────────────┘
これらの課題に対応するため、先進的な企業グループでは、以下のような取り組みを始めています。
第一に、グループ共通のデジタルプラットフォームの構築です。
これにより、個社のブランド展開の自由度を保ちながら、データやナレッジの共有を促進することが可能となります。
第二に、AIを活用したブランド管理システムの導入です。
各社のブランド活動をリアルタイムでモニタリングし、一貫性の維持とローカライゼーションの最適なバランスを支援します。
第三に、デジタルマーケティング人材の戦略的配置です。
グループ全体と個社それぞれにデジタル戦略の専門家を配置し、重層的な展開を可能にしています。
欧米企業の成功事例から学ぶハイブリッドモデルの可能性
グローバル競争が激化する中、日本企業が参考にすべき欧米企業の成功事例があります。
私が特に注目しているのが、以下のようなハイブリッドアプローチです。
戦略要素 | 欧米型 | 日本型 | ハイブリッドモデル |
---|---|---|---|
意思決定 | トップダウン | ボトムアップ | 状況適応型 |
ブランド管理 | 中央集権的 | 分権的 | 重層的 |
人材活用 | 専門性重視 | 総合力重視 | 複線型キャリア |
評価基準 | 短期成果 | 長期育成 | バランススコアカード |
このハイブリッドモデルの特徴は、状況に応じて最適なアプローチを柔軟に選択できる点にあります。
例えば、グローバル展開するIT企業F社では、基幹システムの開発では中央集権的な管理を行う一方、各地域向けのサービス開発では個社の自律性を最大限に活かすアプローチを採用し、大きな成果を上げています。
今後10年で求められるグループ経営の進化
私の見立てでは、今後10年間でグループ経営は大きな転換点を迎えることになるでしょう。
特に注目すべきは、以下の3つのパラダイムシフトです。
- 価値創造の形態変化(従来の垂直統合型からエコシステム型への移行、オープンイノベーションの加速、異業種連携の常態化)
- 組織構造の流動化(プロジェクト型組織の増加、副業・兼業の一般化、バーチャル組織の台頭)
- ブランド価値の再定義(サステナビリティの重要性増大、パーパス経営の本格化、ステークホルダー資本主義への対応)
これらの変化に対応するため、グループ経営者には、より高度な統合力が求められることになります。
まとめ
ここまでの議論を通じて、個社の独自性と全体最適を両立させるための実践的な指針が見えてきました。
その核心は、以下の3つの要諦に集約されます。
- 重層的なガバナンス構造の確立(個社の自律性を保証しつつ、全体としての一貫性を確保、デジタル技術を活用した効率的なモニタリング体制の構築、危機管理体制の整備による信頼性の担保)
- 柔軟なブランド戦略の展開(グループブランドと個社ブランドの階層的な管理、状況に応じた最適なバランスの追求、ステークホルダーとの戦略的なコミュニケーション)
- 未来を見据えた価値創造の仕組み作り(デジタル時代に対応した組織能力の強化、グローバル競争力の向上、サステナブルな成長基盤の構築)
最後に、グループ経営者の皆様への具体的な提言として、以下の点を強調させていただきたいと思います。
個社の独自性と全体最適の両立は、単なる理想論ではありません。
それは、緻密な戦略設計と実践的なアプローチを組み合わせることで、確実に実現可能な経営課題なのです。
重要なのは、この課題を「制約」としてではなく、「価値創造の機会」として捉え直すことです。
そして、その実現に向けて、経営者自身が強い意志を持って取り組むことが、何より重要だと考えています。
持続可能なグループブランド戦略の構築に向けて、本稿が皆様の実践的な指針となれば幸いです。
最終更新日 2025年6月10日